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THE H-STYLE


レーシック体験記 プロローグ

コンタクトレンズと眼鏡を使い続けて20年・・・


振り返るとなんと長い・・・


視力が低下しはじめたのは高校2年生の春だったかな!


これまでは

右目 ・・・ 1.5

左目 ・・・ 1.2


の視力でした。。。


緩やかに・・・

気が付かない内に・・・

徐々に・・徐々に・・・・・


早朝から夜遅くまで白球を追い続けて走り回った高校球児時代。


夕方の薄暗い空。ボールが見えにくくなっていた。


今でもはっきりと思えているなぁ。


ボールが見えにくくて、怖くて・・・


遅刻して眼科に1日だけ通ったこともはっきりと覚えている。


「通院すればすぐに回復します。一時的なものですから」

と担当医が。


当時、入学した東洋大姫路高校の野球部は140人弱。

そんな中でベンチ入りできるのは・・・


たったの 15名(当時は少なかった)


頻繁に通院して部活を休むことはベンチに入ることが困難に。。。


まして学校を休むあるいは遅刻して通院するという選択肢も考えになかった。


と、応急措置的な考えでコンタクトレンズを迷わずチョイス!


そして今に至る。。。


スノーボードを始めてから滑走中にコンタクトレンズがズレたり、外れてゴーグルの中に落ちる・・・


なんてことも多々あった。


特に・・・



テクニカル選手権大会のロングターン種目で2ターン目に右目のコンタクトレンズが外れ

5ターン目で左目のコンタクトレンズが浮いてしまったときには焦った。


まぁこんな感覚を常に想定しながら滑走していかなければならない!


と、思っていたので特に問題視してはいなかったかな。


当たり前だったから・・・


でもコンタクトレンズを紛失しては困るので常に1セットはポケットに


しのばせていたことも事実だけど。


って視力が回復したからこそ色々と思い出される不具合・・・


書き始めればキリがなくってしまうね!!


何が切っ掛けだったのか・・・??


何故かレーシックが気になり始めてWeb上でつぶやいた内容に


すぐさま反応してくださった神戸にあるサーフ&スノーボードポロショップのオーナー様。


その言葉にあれよあれよ、というまに即レーシック手術決断!!


そして決断から2週間後に手術をしたわけです!


自分でも予想外に早い展開で進んでしまったことに驚きもあったりして。。


そして今日で裸眼丸見え生活 13日目 となりました!


次回はレーシックの説明と検査等についてお贈りします!

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